若者は社会に対して無関心なのか?

日本の若者(20代)の投票率

これは年代別の衆議院議員総選挙年代別投票率の推移のグラフ(引用 明るい選挙推進協会)だ。
全体的に投票率は落ち込み気味ではあるが、とくに今回は20代の投票率に注目してほしい。
前回の選挙では約38%、この数は5人に3人は投票に行っていない計算になる。
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この数を見るとすごく深刻な問題に感じる。民主主義の崩壊とも一部では言われている。
若者の投票率が下がることで、若者のための政策をとる政治家がいない。そんなことに危機感を持って活動をはじめた若者たちもたくさんいる。

しかし、その一方で若者たちの間では(若者だけではないかもしれないが)「私たちには何もできないのでは?」、「どうせ、私の一票なんて…」といった絶望感が生まれ、社会に対して他人事になっている現状がある。
投票率だけを見てみると若者の社会(政治)への関心は低いように感じるが、本当にそうなんだろうか?

若者の社会への関心

先に結論から言おう。若者の社会への関心は決して低くないと私は考えている。
静岡わかもの党の行っている5000ボイスキャンペーンをぜひ見てほしい。この5000ボイスキャンペーンは、静岡の若者の社会への不満・意見を街頭や、学校などで5000人から聞き取りをするという取り組みだ。
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若者は社会に対して不満・意見を持っている。当たり前のことのようにも感じるが、ひとつひとつをしっかりと見てみると、女子高生でもこんなことを考えているんだ。と関心をさせられるものもあったりとか、普通の中学生から国政に関する意見が出たりと、驚かされるものが多い。
若者は社会に関心がないわけではないのだ。

若者の社会参画に関するアンケート

静岡県青少年問題協議会は平成24年11月に「若者の社会参画に関するアンケート」を実施した。
このデータから、若者の社会への関心の高さが改めて認識できる。
例えば、「今の社会には問題があると思うか?」という質問に対して、「そう思う」、「どちらかといえばそう思う」と答えたのは全体の87%だった。

また、「日本の将来は明るいか?という質問では、「よくあてはまる」、「どちらかといえばあてはまる」と答えたのはたったの20%だった。
多くの若者は社会に対し、危機感を感じ「何か今の社会はヤバい」と感じていることがわかる。

(引用 津富宏教授 ヨーロッパの若者政策に学ぶ)

図1

他人事な現状

YEC(若者エンパワメント委員会)では静岡の若者100人に対して「あなたは自分の力で社会を変えることができると思うか?」という若者アンケートをしたことがある。結果は100人中76名が「できない」の側に答えた。社会への関心が高い一方、自分たちにはどうすることもできない。という社会に対する「かやの外」感がある。

先ほどの「若者の社会参画に関するアンケート」で、面白いデータがあった。
「現状を変えようとするよりも、そのまま受け入れるほうがいいか」というもので、「そう思う」と答えた若者は約30%だった。            現状の社会を変えていきたいと、今の世の中に「生きづらさ」を感じているのだ。
しかし、「日本では若者の声が届けられていないと思う」という質問には、約80%が「そう思う」の側に答えている。

現状の社会をどうにかしたい。受け入れたくない。という思があるにも関わらず、それが日本ではできない。できていない。と考えている若者がほとんどなのだ。

要するに、投票率が上がらない理由はそこに若者たちの「思い」が入っていないことが問題なのではないだろうか?投票は、社会に対して自分たちの「思い」を伝える場ではなく、上記したように「若者の声」が届いていないと考えているから、投票しても無駄。という思考に至るのだと思う。
図2

まとめ

何度も述べているように、若者は決して社会に対して関心がないわけではない。ただ、自分たちの「思い」を伝えていく機会が提供されていないのだ。
また、投票率が上がらない原因として政治というものが身近に感じられないこともある。これはどういうことかというと、「政治」というものが自分自身の実生活とつながっているように感じられない。遠く離れた自分とは関係のないもののように感じられることも一つの問題だ。

いきなり、政治というものつながるのでなく自分の身近な地域の課題や、学校のなかでの意思決定をすることによる経験が、自分にも社会を変えていくことができるという、自己肯定感を得て、政治参加につながっていくのではないだろうか?

社会への関心と政治参加はつながらず、この関心を政治参加に段階的ににつなげていく必要がある。ただ、私は投票率というのは一つの要素だと考えていて、その一票一票に投票者の「思い」が入ってなければ、民主主義とは呼ぶことはできないと思う。