若者が社会参加する上での課題とは?「新城市若者議会シンポジウム」

新城市若者議会シンポジウム

昨日は、愛知県新城市の若者議会シンポジウムにお招きいただき、「若者がまちを変えられるのか」をテーマにしたパネルディスカッションに登壇させていただきました。

パネルディスカッションの前には、シティズンシップ教育の第1人者である東京大学の小玉先生から「主権者教育の重要性と新城市若者議会の意義」をテーマに貴重講演があり、小玉先生はその後のパネルディスカッションにもそのまま登壇されていました。

IMG_4280

パネディスに一緒に登壇させていただいたのは、日本で一番最初にユースパーリアメントを設置した山形県遊佐町少年議会(今年で13年目)の第2期に議長をされていた赤塚さん(現在は遊佐町のまちづくりセンターに勤務)と、このシンポジウムを主催している新城市若者議会の山崎さん(高校1年生)と、僕を合わせた3人に、東京大学大学院総合教育研究センターの田中さんがコーディネーターでの進行でした。

遊佐町も新城市も以前に訪問させていただいたことがあったので、こうしてご縁がまたあって嬉しいなと思います。

共通する問題意識

地域は違えど、それぞれ若者参加のまちづくりに取り組んでいるもの同士。

最初の打ち合わせから、パネルディスカッション、最後の懇親会まで「そうそう、そうなんですよね」とうなづくことが多く、抱えている問題意識が共通することを実感する1日でした。

パネルディスカッションのあとは、若者がまちづくりに参加する上での課題と解決策を考えるワークショップが、若者議会の高校生のファシリテートで行われました。

IMG_4282

昨日のシンポジウムに参加して、言語化できていなかったことが、クリアになった部分もあるので、忘れないうちにこの気づきを羅列しておきたいと思います。

若者がまちづくりに参加する上での課題

言語化できていなかったというのは、若者がまちづくりに参加する上での課題についてです。

先に断っておきますが、新城市や遊佐町がこういう課題を抱えているというよりは、日本全体に関わる話です。

  • 若者と関わりたい大人はほとんど場合、喋りすぎることが多い。あんまり聞かない。
  • 子ども・若者の「まちづくり参加」「社会参加」はボランティア活動や奉仕活動としか考えられていないことが多い。動員要員にされてしまう。そして、その人数が成果とみなされる。
  • 「まちづくり参加」「社会参加」=「政治参加」と思われていない。意思決定に若者が参加しないとまちづくりの主体とは言えない。つまり「まちづくりの主体」=「政治的主体」であり、「若者参加」=「若者の参加型民主主義の場」である。
  • 若者参加に取り組むと、「なんで若者だけ特別扱いなの?」という批判がくる。その意義が伝わらない。
  • 若者参加を参加型民主主義の場と考えた時に、その場に参加してる若者たちが若者の声を代表できているかを考えなければいけない。その場にいる若者だけの声が届くのでは、民主主義とは言えない。
  • 意思決定に子ども・若者参加を取り入れている場合であっても、限定的であることが多い。例えば、公園づくりなど。(しかし、それであっても日本では先進的だし、必要なこと)子ども・若者が最も使うであろう公園をつくる過程に彼らの参画が必ず必要だとして、教育や労働問題など、本当に若者が苦しんでいることや当事者であることの意思決定への参画がほぼない。
  • 元気系若者 vs 困難系若者 の二元論。若者の社会参加政策と社会包摂政策が別文脈で語られる。欧州ではその主目標が「シティズンシップの獲得」という意味で両方は地続きで考えられる。
  • 若者参加の場が目立ちたい若者、上昇志向の若者の活躍の場の提供になってしまう。しかし、それは本質的にはまわりにいる大人がそういうこと(目立つこと)がカッコいいことだと教えてしまっている。
  • 良くも悪くもまわりにいる大人から若者は影響を与えられる。良い大人をどう増やすか。
  • 大人に認められたい若者になってしまう。常に大人の顔色を見ながら発言をするようになって、本音ではなく、大人が喜ぶことを言うようになる。
  • 意識のある若者 vs 意識のない若者の二元論。(ここで言う)意識のある若者が(ここでいう)意識のない若者の、意識をどう高めるかを話し出す。つまり自分たちのことを特別な存在のように思ってしまう。
  • 若者参加のお洒落化。なぜか日本で広がる若者参加がどんどんお洒落になりつつある。お洒落であることが良くないというよりも、お洒落になることですべての若者が参加できない構造になってしまうことが問題。そういう風に割り切るものであれば良いけれど、公共機関が取り組むものは色んな若者から見てどう見えるかを常に省みないといけない。
  • 何か別の目的のために若者参加が道具化される。これは大人がはじめた場合に起こる。若者参加は若者の参加型民主主義の場以上でも以下でもない。地域活性やまちのPRに若者を利用するという発想からはじまっているものは、ボランティア参加と何も変わらない。
  • 若者参加の場を見に来た大人がそれを誤った文脈で発信してしまう。例えば、「こうした場があることで、若者の政治意識を高めているんですね」とか「こうした元気な若者をもっと増やしたい」とか「若者が政治に関心を持つためにもっと若者に発信していかなければ!」とか、、、。(一概には言えないけれど)政治家に多い印象。

課題は山積。でも、やるしかない。

書き出してみて思ったのは、本当に課題は色々あるな〜ということ。多分、まだまだあるでしょう。

課題は多いが、やりがいが大きい。そして、やるしかないんです。

まだまだ研究もされていないのが、若者参加の分野。どういう立場でかはわかりませんが、これからも関わっていくことですので、ひとつひとつ向き合って取り組んでいきたいと思います。

そして内容とは関係ないですが、昨年に遊佐町を訪問させていただいた際に、初期の頃に少年議会に関わっていた方が遊佐のまちづくりセンターで働いているという話を聞いており、どんな方なのかずっと気になっていました。それが今回、こういう形で赤塚さんと会うことができたので本当に嬉しかったです。

改めて、たくさんの気づきを与えてくれたシンポジウムを主催してくれた新城市若者議会に感謝です!

本当にありがとうございます(^ ^) これからも繋がって、お互い頑張っていきましょう!

Information

このブログ書いている人のプロフィール。

まちづくりって美味しいの?

2000人の若者も動かした、僕らの政策の変え方(298円)