若者の参加評価研究vol.1「18歳選挙権の実現と若者の政治離れの必然」

「若者の社会参加を推進する自治体政策の評価に関する研究」vol.1

この記事から複数回に分けて、学部時代の卒業論文で扱った「若者の社会参加を推進する自治体政策の評価に関する研究-欧州の若者政策を参考に-」をブログ調に噛み砕いて、紹介していきたいと思います。

本研究では、日本とイギリスの若者参加に関わる事業の成果指標(KPI等)を比較することで、その違いを明らかにし、日本の若者参加の発展に向けた示唆を得ることを目的にしています。(なお本研究は発展段階にあり、引き続き研究を続けています。)

今回の記事では「なぜ若者の社会参加を推進するのか」という章のなかの、若者の政治参加を推進する背景になっている若者の政治離れと18歳選挙権の実現について論じたものです。

また、この内容は、シティズンシップ教育の研究者である小玉重夫先生の『教育政治学を拓く: 18歳選挙権の時代を見すえて』を土台にして書きました。

18歳選挙権の実現と若者の政治離れの必然。

近年、「若者の政治離れ」が叫ばれている。これは今の若い世代が政治に関心を持っていないわけではなく、意図的に若者と政治を引き離したことによる必然の結果である。

2015年6月には、公職選挙法の改正法が成立し、1945年以降はじめての選挙権年齢の変更があり、選挙権年齢が18歳以上に引き下げられた。これを受けて、総務省と文部科学省が協力し、高校生向けの主権者教育の副読本を作成した。自治体レベルでもこの改正を受け、選挙管理委員会を中心に若者の主権者意識を育てる取り組みをはじめている。

 しかし、この改正の背景にもあるように若い世代の投票率は軒並み低く、実際に改正後はじめての国政選挙であった参議院選挙では10代の投票率が約45%、20代は30%近くと、10代は20代よりは高いものの、平均の54.7%には届いていない。

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出典:総務省

 若者の投票率の低さは「若者の政治離れ」として批判的な見方がされることが多い。しかし、この政治離れについて「大人が若者の政治ばなれをつくってきた」というタイトルで教育学者の広田照幸は若者の政治離れの必然性を2つの理由から次のように述べている。

「歴史をふり返ると、この社会の仕組みをつくってきた大人にこそ、「若者の政治ばなれ」の責任がある。

第1に、大人たちが子ども・若者を政治から隔離してきた。

・・・第2に、「現実の社会に目を向けろ」という代わりに、学校は生徒たちに、私生活主義をあおってきた。そのキイ・ワードが「自分の将来に目を向けろ」というメッセージである。・・・そうした学校教育は、必然的に、若者のたちの政治ばなれを生み出すことになる。」

(広田照幸(2011)「大人が若者の政治ばなれをつくってきた」『Voters』財団法人明るい選挙推進協会、pp.3-5.)

 本節では、この広田が論ずる政治離れの必然について、1950年代(戦後)から現代までの政治と教育の関係について「政治教育学」という新たな枠組みで問い直しをする小玉(2016)を参考に明らかにしていく。

①政治化

 戦後(1950年代)はGHQ主導で、国内の学校では民主主義教育が推進された。今までの日本にはなかった体験型学習も多く取り入れられ、子どもたちを民主主義の主人公(担い手)に育てる教科として、義務教育課程と高校課程の12年間に社会科が設置された(木全,2006)。

当時(1950年代半ば)の子どもの特徴を、森田(1998)は「政治的主体としての子ども」と表現しており、現実社会の政治に直接子どもをさらしてはいけないという感覚が欠如していたと分析している。当時は自治会活動(「自治会」と呼び、「生徒会」と呼ばなかった)と政治の関係は濃く、その代表例として小玉は1954年の旭ヶ丘中学事件をあげている。

 旭ヶ丘中学では、学校行事の運営や図書館の管理などが自治会によって行われ、活発な活動が行われていた。しかし、活発な活動は学校外の政治的な問題にも及ぶようになり、生徒の一部がメーデーや市民団体主催の平和運動に参加することもあった。こうした自治会を「偏向教育」と批判する保護者、教育委員会と自治会を指導していた教師、教師の指導を支持していた保護者、自治会が対立し、九日間に及ぶ分裂授業があったのが旭ヶ丘中学事件である。そしてまた、旭ヶ丘中学のように生徒の自治的活動が政治的問題に関与することは特殊なことではなく、むしろ学校を超えた政治的、社会的問題に生徒が関わりをもつことについて当時は肯定的に捉えられていたと小玉は述べている。

②脱政治化

 しかし、1950年代後半には教育の「中立性」を掲げて教育運動を統制しようとした官僚統制の動向と、教育の平等性を基盤とした教育学の理論的転換によって、政治と教育を切り離す「脱政治化」の社会的動向があった。政治的な問題に子どもをさらすのではなく、大人の世界とは切り離した教育固有の「学習」に押し込めていくという子どもの「保護」の展開である。1969年には文部科学省が高校生の政治活動についての以下のような通達(69年通達)を出している。

「生徒は未成年者であり、民事上、刑事上などにおいて成年者と異なった扱いをされるとともに選挙権等の参政権が与えられていないことなどからも明らかであるように、国家・社会としては未成年者が政治的活動を行なうことを期待していないし、むしろ行なわないよう要請しているともいえること」

(文部省初等中等教育局通知「高等学校における政治的教養と政治的活動について」1969)

 この通達を見てわかるように、未成年者(高校生)が政治的な活動に関わることはタブー視され、むしろ行わないことを要請している。これは上述した広田の若者の政治ばなれの必然にも通じる。

③再政治化

 同じ時期(1960年代後半から1970年代にかけて)に、「平等」の教育思想の揺らぎから全国の大学、高等学校で学校改革などを掲げた学生運動が展開され、教育の再政治化が進もうとする。こうした学生運動の動きは日本に限らず全世界で同時に社会運動が多発した時期であった(杉山,2016)。

しかし、日本においては欧米などと比べると学生運動がそれほど大きな影響を与えることはなかった。小玉はこの原因を69年通達によってより強化された政治と教育の切り離しと、この時期に進んだ偏差値主義の教育にあったとし、「学校教育の再政治化が阻止された」と述べ、1970年代は再政治化の挫折と論じている。

 1990年代に入ると、ポスト工業化時代への突入から小さな政府を前提とした教育政策が世界的に見られるようになった。具体的な内容については、詳しくは次の記事で論ずる。この時代から、政治について語らないことが中立性を犯すという「新中立性」の概念が掲げられるようになったと小玉は指摘している。

④18歳選挙権時代

 戦後の日本の教育は非政治的であるべきであるという言説がこれまで前提とされてきた。学生運動など教育と政治が結びつく動きもあったが、再政治化は挫折し、政治と教育の関係性について整理がされないまま、選挙権年齢の引き下げ(18歳選挙権時代)に突入した。

 この引き下げを受け、2015年に文部科学省は「高等学校における政治的教養の教育と高等学校の生徒による政治的活動等について」の通知を発表し、69年に出された通達は廃止となった。

「改正法により選挙権年齢の引下げが行われたことなどを契機に、習得した知識を活用し、主体的な選択・判断を行い、他者と協働しながら様々な課題を解決していくという国家・社会の形成者としての資質や能力を育むことが、より一層求められます。

このため、議会制民主主義など民主主義の意義、政策形成の仕組みや選挙の仕組みなどの政治や選挙の理解に加えて現実の具体的な政治的事象も取り扱い、生徒が国民投票の投票権や選挙権を有する者(以下「有権者」という。)として自らの判断で権利を行使することができるよう、具体的かつ実践的な指導を行うことが重要です。」

(文部省初等中等教育局通知「高等学校における政治的教養の教育と高等学校の生徒による政治的活動等について」2015)

 この更新された通知では、1969年の「政治的活動を行うことを期待していない」とされていたものとは大きく異なり、「国家・社会の形成者としての資質や能力を育むことが、より一層求められます」と述べられているほか、「現実の具体的な政治的事象も取り扱い、生徒が国民投票の投票権や選挙権を有する者(以下「有権者」という。)として自らの判断で権利を行使することができるよう、具体的かつ実践的な指導を行うことが重要」とされているなど、現実の政治的事象を取り扱う教師の役割についても言及されている。

 その一方、「学校は、教育基本法第14条第2項に基づいた政治的中立性を確保すること」が明記されており、現実の政治的事象を扱うとしつつも慎重な姿勢が求められている。

 また、生徒の政治的活動についても「現実の具体的な政治的事象を扱いながら政治的教養の教育を行うことと、高等学校等の生徒が、実際に、特定の政党等に対する援助、助長や圧迫等になるような具体的な活動を行うことは、区別して考える必要があります」という記載がされており、生徒の政治的活動と政治的教養については区別して考えるとされている。

 今まで政治と切り離されていた学校の現場では、この通知を受けて、現実の政治的事象を取り扱う主権者教育に取り組むことが求められている。しかし、どこからどの範囲が政治的中立性を犯すのかが曖昧で、学校現場は萎縮している。課題はまだ多いが、この改正が政治と教育の関係性を問い直す契機になっているのは確かである。

本論文の全文はこちらから

【全文】若者の社会参加を推進する自治体政策の評価に関する研究 -欧州の若者政策を参考に-
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