「選挙」に若者参加をどのように組み込むことができるか

政治×若者のモヤモヤ感

衆議院の開催に伴う総選挙が行われることになりました。

(解散自体に意味があるのかという議論があることはひとまずここでは置いておいて)毎度思うことではありますが、選挙のたびに僕らの団体(NPO法人わかもののまち静岡)に報道機関から「何かやりませんか?」という連絡が多く、非常にモヤモヤした感情を持つわけです。

このモヤモヤした感情というのは、報道機関に対する嫌悪感というよりは、なんとなく何かやった方がいいのでは?という必要性を感じつつも、正直なところあまり動きたくないな、という本音の間での葛藤といった感情です。(そして今回の選挙では何もしないと決めたわけです。)

動く必要があるのではないかという義務感?

自分で言うのもなんですが、静岡県内だけで見ると「若者と政治」をテーマに活動しているのは僕らの団体くらいのものです。(僕らの団体もどストレートで「若者と政治」ではありませんが…)選挙関連でイベント・企画をすれば、多くのメディアが注目し、県内に広がるでしょう。

裏返せば、僕らが何もしなければきっと若者に関する報道は少なくなってしまうという責任感も感じています。だからこそ、そんなにうじうじしているなら何かやればいいのに、何もやらなければ何も変わらないのに…という感情もあったりします。

しかし、「心(思い)」と「体(企画)」が一致しない活動であればあるほど、やっていてモヤモヤしますし、団体の目指したい社会やミッションからずれてしまう気もします。

選挙ビジネスっぽさ

また、選挙のたびに何かをするというところにも違和感を感じるのです。

そもそも「政治参加=投票参加」ではなく、近年は参加デモクラシーの議論が盛んにされているように、日常的な社会参加・政治参加の土台の上に、投票参加(代議制デモクラシー)があるはずです。

僕らの団体のスタンスとしても、若者自身の投票行動を直接的に変容させるというよりは、若者を取り巻く社会に対して変化を促し、当たり前に若者が社会参加・政治参加できる機会・環境をつくることが必要という考えです。

つまり選挙での活動にばかりフォーカスされてしまうと、日常的な参加という視点が弱まってしまうという懸念と、ミッションに共感して集うボランタリーなNPO組織の活動として、メンバーが思いを持って選挙での活動に取り組むことができないという背景があるわけです。

そして投票率が示しているように、多くの子ども・若者は選挙に対して無力感を感じており、自分たちの参加が社会や政治に影響力を発揮できているとは思っていません。

それでも何か選挙での活動をするとなれば、それはメディア露出のための活動となり、目的と一致しなくなるわけです。選挙屋さんという感じがして、疲弊してしまうのです。

「関心がある・ない」の議論になりがち

加えて、選挙で若者が何か活動を企画すると、「関心がある」「関心がない」の議論に陥りがちです。「関心がある若者」「関心がない若者」という二元論にされてしまうことは、僕らにとって不本意なことです。

いわゆる「活発な若者」の(イメージがある)若者団体などが選挙に関する活動をすればするほど、「関心がない若者」というネガティヴな若者像が浮き彫りにされ、社会的な認識として、「ある・ない」の二極化が進んでしまうのではないかと懸念をしています。(もちろんそれは報道の仕方や活動する団体のメッセージの発し方にもよるのですが…)

前述しているように、若者は政治に無関心なのではなく、政治に無力感を持っているだけだと考えています。あえて述べるのであれば、この無力感を有力感に転換することが、投票率を向上する上で重要なことではないしょうか。

そうした点を共有できないまま「投票に行きましょう!」という安易な呼びかけをするだけでは解決しない課題であり、これは子ども・若者だけでなく、社会全体のシステムの問題です。

静岡県知事選挙でのひとつの挑戦

とはいえ、選挙で何もしなくてもいいと思っているわけではなく、こうした課題感を抱えながら、僕らなりにどう関わることができるかということを検討してきました。

その中で、今年の静岡県知事選挙において実施した「県政に若者の声を届け、その声に対してそれぞれの候補者がどのように考えているかを尋ねる場」としての公開討論会は、自分たちとしてひとつの挑戦でした。

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選挙と距離を持ってきた自分たちの団体が、どういった形で選挙と関わることができるのか、考え抜いた上での挑戦が、(マニフェスト比較、公開質問状、選挙に関してざっくばらんに話すイベントなど、アイデアとしては色々ありましたが)候補者の考えを聞くだけの公開討論会から、意見を伝える公開討論会という新しいスタイルの提案でした。

そしてその企画・運営を若者自身が担い、資金もクラウドファンディングやカンパによる市民寄付で集めるという方法です。(この企画を評価いただき、マニフェスト大賞優秀賞を受賞することになりました

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まだこの公開討論会の効果検証をしている中ではありますが、実際にやってみたことで見えたことも多くあります。それはさらなる課題であったり、新たな方向付けであったり、の両面です。

この記事の前半の部分で示した課題にも留意しつつ、選挙というデモクラシーの仕組みと、今の社会における若者の位置付けなどを考えながら、自分たちなりの関わりをこれからも模索できればと考えています。

【土肥潤也(子ども・若者の地域参画コーディネーター) プロフィール】

静岡のNPOで活動をしながら、東京の大学院に通う。

静岡と東京の2拠点生活をする実践者兼学生(研究者)

プロフィール
土肥潤也(子ども・若者の地域参画コーディネーター )土肥潤也(どひじゅんや)略歴子ども・若者の地域参画コーディネーター。1995年1月17日...

【子ども・若者が政治的主体として参画できる社会に】

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