“原体験”を大切にすること

最近よく「なんで、こんな活動はじめたんですか?」「そんなにいろんな団体に関わっていて、大変じゃないんですか?」ということを聞かれることが多くなりました。ちょっと慌ただしくなってきた自分の整理のためにも、そのあたりの問いの交通整理をしていきたいと思います。

ちなみに、僕が今関わっている組織は、

の6つです。(小プロジェクトなども含めればもっとありますが、ひとまずはこれだけ)

これだけ多くのことに関わるとは大学入学前の僕は思っていませんでしたが、僕の中ではどれも繋がっているんですよね。(楽しいからいんですがね 笑)

さて、ひとつひとつの組織のつながりを説明する前に、僕の原体験、原動力について話してみたいと思います。ちょっと長くなりますが、お付き合いください。

話は中学校から始まります。僕の中学時代の居場所は「ゲームセンター」でした。

中学では、小学校からやっていたサッカーを続けていたものの、どうも楽しくなかったんですよね。なんとなくで続けていたし、正直そんなにうまくなかったし 笑 勉強も最初の頃は頑張っていましたが、なんのために勉強しているのかよくわからず、どんどん手を抜くようになっていました。

そんなときに、僕の癒しの場はゲームセンターになっていました。なんていったって、自宅から徒歩で5分圏内にゲームセンターがあるんですよね(笑)自慢ではありませんが、ゲームセンターでは、お小遣いのすべてをつぎ込み、お年玉もすぐに使い果たし、友達の家にテスト勉強しに行くと言ってゲームセンターに向かったり…。ただただ怠惰の毎日です。でも、楽しいんですけどね。

そのおかげと言ってはなんですが、コインを5000枚貯めたり、知り合いのおじさんができたりはしていました(笑)

今振り返るとバカみたいですが、冷静に考えてみると、自分にとって、自分を表現する場がゲームセンターしかなかったんだなと思っています。授業はとにかくふざけてみる。何のために勉強するかわからない。部活はつまらない。なんとなく続けている。全部、“なんとなく”だし、“受け身”だったんですね。

そういう意味では、自分が主体的にやれることは、ゲームセンターのスロット台で、スロットをひたすらにまわすことなんです。自分を受け入れてくれる、自分を表現できるのはゲームセンターでした。

そんな生活を送る中、いいのか悪いのか、受験が来てしまいます。大学進学はしたいなとは考えていましたが、時すでに遅し、行ける進学校はほとんどなく、親に頭を下げて私立の高校に進むことになります。しかし、これが僕にとっての大きな転機になりました。

高校は地域でも有名な校則の厳しい学校。携帯も学校へ持っていけません。中学時代の遅れを取り戻そうと心を入れ替え、先生に質問しまくっていた僕は、一年の時にある先生と出会います。

先生は丁寧に僕の質問に答えてくれるだけでなく、いろんなことを質問してくれました。「お前は何がやりたいの?」「何が好きなの?」と、僕のことに興味を持ってくれて、僕の心のありかを探ってくれようとしました。(ちょっと強烈な先生ですが  笑)

それからいろんなことに関心を持ち始めました。最初の頃は、先生が英語の先生だったこともあり、強い影響を受けて「国際協力」や「アメリカ文化」に興味を持ちました。その流れで、国際交流部を先生から勧められ、入部を決めました。

国際交流のイベントに参加をしに行ったり、英語スピーチコンテストに出場したり、中学時代、ゲームセンターに閉じこもっていた僕の価値観が一気に広がっていくようでした。

最終的にその興味は「地域」というところに落ち着くのですが、とにかくその時、興味が持てるものをとことん追求すること、そして、そんな機会を提供してくれる先生がいたこと今でも感謝しきれません。結局、先生の強い後押しもあって、高校では生徒会長まで務めました。中学の友達に会うと、出世したなと何回も言われたものです(笑)

いろいろあって、大学は県内の大学に進むことになります。そこで、YECという団体と出会います。ここでも、自分の興味を追求するのみ!という強い信念で、数あるサークルからこの団体を選びました。

この時は単純に、中高生と何かできるのが楽しそうという興味でした。YECで、はじめて関わったのが「フラッシュモブ in 静岡」というプロジェクトです。ある高校生の男の子の「フラッシュモブやりたいんだよね」というつぶやきから、 100人以上の人を動かしました。

最初話を聞いた時は、静岡でフラッシュモブなんて無理だろ…と思っていました。だけど、面白いことに進めるほどに「無理だろ」が「できそう…」に、そして最後は「できる!」に変わっていきました。

僕はこの動画を見るたびに感動します。心が震えます。なんでこんなに感動するんだろうって考えていると、中学・高校の経験が繋がってきました。

自分には、ゲームセンターという場しか自分を表現する場がなかった。自分から何かをするなんてほとんどなかった。だけど、フラッシュモブというひとりひとりが楽しそうに自分を表現する場を生み出していたのです。正確には、僕が生み出したのではなく、当事者である高校生が生み出したんです。

僕はこの機会をもっとつくっていかないといけないという風に思いました。これが大きな原体験になって、僕の中に残っています。

そして今です。

若者が自分から動ける場は、若者だけが変わっていっても意味がないんですよね。僕は若者を取り巻く環境に興味を持ち始めました。そこから、NPO法人Rightsという18歳選挙権の引き下げを目指す団体と出会います。

また、若者が最も長く時間を過ごすのは「学校」です。学校の中で、若者が主体として活躍しないといけない。そう思って、生徒会活動支援協会に関わることになります。

これだけでは足りません。それは「地域」です。地域は若者が取り残されがちです。地域では、当事者であるべきなのに、当事者になれないことが多いです。これはおかしいことです。大人たちだけに地域のことは任せられません。そこで、「焼津」と「静岡」で”わかもののまち”という運動を始めることになります。大人も若者も主人公になれる場所が「地域」なんです。

ただ好きなこと、楽しいことを追求していただけなのに、すべては一本の糸でつながり、その根本には自分の原体験があることに気づきます。以前、杉並で活動されている山ノ内さんの講演で、心の気持ち良さの話を聞きました。

選択を繰り返し、自分の気持ちよさを把握する感度があがっていくと、それはもはや自分の中の“原理・原則”となります。

この自分の”原理・原則”のこそが、ここでいう「原体験」に近いものなのかもしれません。無意識のうちに、YECというサークルを選んでいたのは、自分の中の原則がそうさせたのだと思います。

話は長くなりましたが、圧倒的な原体験って大事なんだと改めて考えさせられます。そして、それぞれの原体験って気づかぬうちに自分に刻まれているのかもしれません。どんなことであっても自分を突き動かす原動力は何かあるんだと思います。

突き進んで目の前にあることに一生懸命になるのも大事ですが、「なんでこれが好きなんだろう」「なんでこれがやりたいんだろう」と、ちょっと立ち止まって考えてみるといいのかもしれないですね。