まちづくりの実験

コミュニティデザインってなんだ?

コミュニティデザインの意味って?

先日、私が所属する研究室の卯月盛夫先生からコミュニティデザインの概念整理について教わりました。

コミュニティデザインといえば、Studio-Lの山崎亮さんの『コミュニティデザイン―人がつながるしくみをつくる』があまりにも有名です。

山崎さんの本はとっても示唆に富む内容ですので、ぜひお手に取ってください。

山崎さんによれば、コミュニティデザインとは、人の関係をリデザインすること。

しかし、国内に広がるコミュニティデザインは、なんとなくぬるっとしている印象があります。

「ぬるっと」というのは、実際現場レベルで「コミュニティデザイン」が使われているのを見ると、仲良しこよしのサークルっぽさ、もしくは「これがコミュニティデザインだ!カッコイイだろ」って言わんばかりにアピールしてきたり、あるいはとりあえずワークショップをやっておけばコミュニティデザインだ、というふわふわしているイメージがあります。

コミュニティデザインの歴史

そんな中、「そうだったのか!」と、目から鱗のコミュニティデザインの歴史の話を聞きました。

まず、コミュニティデザインの源流は、1960年代のアメリカに広がった都市計画弱者を守るための人権運動にあるということです。1960年代といえば、全世界的に運動が盛んになった頃です。

都市計画弱者とは、有色人種、貧困層など、税金を納められない故に公共サービスを受けることができないた人たちのことを指しています。

非常に格差が大きく、住宅環境が保証されていなかった貧困層の状況を見て、中流階級の人たちが「彼らの人権が軽視されているんじゃないか!」と運動をしたのがはじまりなのです。

コミュニティデザインとは、弱者のための運動であり、そのキーにあるのは「人権」「公正」といった言葉です。

つまり、障がい者や高齢者、女性、子どもなど、まちのなかで弱い立場にあるひたとたちの「人権」を守るのがコミュニティデザインです。コミュニティデザインは、社会を変えるためのものなのです。

どんな価値をまちづくりにおきますか?

日本でコミュニティデザインを議論するときに「人権」というほとんど言葉を聞いたことがありません。

直接「人権」という言葉を使わずとも、私たちが「まち」を考えるときに、その原理・原則に「人権」や「公正」といった言葉はあるでしょうか?

誰のためのまちづくりなのでしょうか?

私たちがこれからまちで生活していくときに、どんな価値がおかれているのか丁寧に整理し、(上で議論したようなことを基礎に置いた上で)「これが価値だよね」とみんなで確認しながらまちをつくっていくことがコミュニティデザインなのかもしれません。

「まちづくりの実践 住民参加のまちづくり」卯月盛夫

ABOUT ME
土肥 潤也
すべての人が主役になれるコミュニティづくりに取り組んでいます。コミュニティラボCO-℃代表、NPO法人わかもののまち 代表理事、Homebase YAIZU コミュニティコーディネーター、日本シティズンシップ教育フォーラム運営委員など