まちづくりの実験

子どもに魅力的な都市であり続けること、ミュンヘンの遊びの生態系。

この記事は、2019年5月20日に静岡県焼津市で開催したドイツ・ミュンヘンのNPO団体「ペタゴキッシュアクション(教育行動)」の事務局長カーラ・ツァハリスさんをお招きした勉強会での講演内容をまとめたものです。

カーラさんのご好意でプレゼンテーションの内容をウェブで公開させていただきました。

カーラさんとは、2018年に文科省のドイツ派遣事業ではじめて交流を持ちました。今回来日されるということで、「ぜひお話をしてほしい!」とお願いをし、焼津市でクローズドの勉強会を開催しました。

プレゼンテーションをするカーラさん

カーラさんは、「ミュンヘンでの遊び」を約40年以上前から支えている立役者のひとりで、日本に広がる「こどものまち」の活動も、彼女たちがはじめたミニ・ミュンヘンがルーツになっています。

日本にも、遊びの生態系づくりの種まきをしてくださるカーラさんに、この場をお借りして、感謝申し上げます。そして、この種をきちんと日本で育てていくのが自分たちの役割です。

ミュンヘンでの遊びは美術教師から

今日のプレゼンテーションでは、ミュンヘンで展開されるプレイバス(移動型遊び場)など、遊びの活動がどのように発達してきたのかの話を中心にしたいと思います。

これは70年代に、私たちの活動が始まった頃の写真です。

私たちが関わっている「ペタゴキッシュアクション(教育行動)」という団体を立ち上げたのは、みんな美術・図工の先生をしている人たちでした。

1968年からはじまった図工の先生の活動が外に出て行くようになり、外での遊びに繋がっていきました。それをやっている大人の姿を見て、子どもも参加するようになりました。

この活動は子どもの感受性を大事にし、子どもたちが五感で感じ取ることに特化していました。

というのも、お金がなかったというのももちろんですが、決まった材料ではなく、(企業などからの)寄付などを通じてもらったものを使って、子どもたちに委ねる遊びを展開していました。

子どもたちは、自分たちの使いたい目的で使うようになりました。

創設者が美術の教師だったこともあって、創造性が豊かな活動が展開されていきました。

その後の動きとして、「冒険遊び場」という感じで、廃材のような木材を使って、子どもたちは小屋を作ったりしていました。

1972年にミュンヘン初のプレイバスが運行

1972年にミュンヘンではじめてのプレイバスが動き始めました。

ご覧の通り、ロンドンの魅力的なダブルデッカーバスの中古のものを手に入れましたが、これはすぐに故障してしまいました。

ロンドンのダブルデッカーは本来、バスの中に人が乗るが、ミュンヘンでの使われ方は、材料を運搬するなど、外で使うのが主でした。

この時はたまたま、オリンピックが開催された年でもあったので、子どもが考え、創り上げるオリンピックもやりました。

もちろん正式なオリンピックのゲームとは関係のない、異なるルールのもとで遊びました。競い合うや勝つことではなく、ただ遊ぶことに重きを置いていたものでした。

活動が始まった当初から、私たちは活動の内容を文章にまとめ、アイデアを広げる重要性に気づいていました。これは最初に出版したもののひとつで、その後も出版を続けていました。

多様な遊びを展開するのは子どもたち

遊びの活動はどんどん規模が大きくなり、使われなくなった足場も遊び場の材料として活用することもありました。

このように、ただの足場でも色々な使い方ができるのをご覧いただけると思います。

ビール醸造所の廃材をつかった遊びもやりました。

これは今のプレイバスでは一般的なものになりましたし、日本で同様のものを見たことがあります。

プレイワーカーは遊びの構造や土台を(子どもたちに)提供することもありますが、まったくそういったものを用意せずに、材料だけを置いて、子どもだけでつくりあげることもあります。

単にタイヤであっても、子どもたちが発想した使い道もあれば、プレイワーカーが発想した使い道もあって、色々な方法があります。

アートと遊び

この活動の背景が美術教師の集まりということもあり、美術館からも協力を得ました。

17世紀、18世紀のことを題材にして、美術館の外で美術館と関連した遊びも展開しました。

コロンブスがアメリカ大陸を発見したという劇をやりました。歴史的な事実だけでなく、子ども達の想像に任せて、ストーリーを変えることもありました。

年々プレイバスの活動は広がり、現在はミュンヘンに8つのプレイバスがあります。私たちはNPO団体なので、ミュンヘン市の若者部門からの補助金をもらって活動しています。

1979年からサーカスごっこを組み入れ始めました。サーカスごっこが教育のなかでも取り入れられ始めたことが背景にあります。

移動型遊び場の4つのねらい

プレイバス(移動型遊び場)の趣旨は大きく4つに分けられます。

まずひとつ目に、遊ぶ「場所」の提供があります。

普段使われていない場所、普段子ども達が入ってはいけないとされる場所を活用することにあります。

2つ目は、子どもの遊ぶ「時間」の提供です。

子どもたちの住んでいる近隣で時間をつくって、遊び場を提供します。

3つ目は、遊びの「材料」です。

おもちゃではなく、材料であるのが大事です。

例えば、ここにあるワゴンの使い道はいくつか考えられますが、その方法は子どもたちが決めます。プレイワーカーがアイデアを提供することもありますが、おもちゃではなく、材料というのが重要です。

4つ目に大事なのは、大人のプレイワーカーは先生という役目ではなく、子どもの遊びの実現を補助する人であることです。

例えば、安全を確保したり、教えるとしても(子どもに)遊びの発見の仕方を教えるのであって、先生ではないということです。

ミュンヘン市内の歩行者道路をダンボールの上で子どもが自由に絵を描いています。

このように子ども達を取り巻く環境を豊かにする、商業的な遊びを消費するものとして提供するのではなくて、豊かな環境を提供することが重要です。

メディアとの関係も強く持っています。子どもはメディアへの関心が強いので、メディアに取り上げてもらったり、巻き込んだりもしています。

これはミュンヘン市で起こった歴史的な出来事を動画にしているところです。子どもたちはどんな役でもできて、俳優にも、カメラマンにも、ナレーターにもなれます。

これは1975年の写真です。映画に必要な映画の撮影現場を再現した遊び場になっています。

その時々で特化するものが変わっています。

これは昔の生活を体験する遊びです。これは洗濯を手でやる体験、洗濯の大変さを学びました。

1979年の国際児童年に開催されたもので、子どもが重視された年で、補助金が多くついていたこともあって、遊びのまち、ミニ・ミュンヘンをスタートさせました。

来年、ミニミュンヘンは20回目を迎えます。

日本人はよくミニミュンヘンに来て、新しいことを発見することが大好きなんですが、日本の多くの都市でも同様に実施されているんですよ。

例えば、ミニたちかわ、ミニ福岡、ミニさくらなどです。

遊びを通じて「遊びの重要性」を伝えるロビー活動

先ほどの映画の撮影と同じで、ひとつの場所でひとつのテーマに特化した遊びも実施します。

それは遊びの重要性を訴えるロビー活動にもなるからです。

これは市役所の裏の広場で展開した遊び場です。

市議会や市役所の近くで遊び場をすることで、子どもの遊びを市役所の職員や議員が認識することになります。ちなみにこの遊び場は、アーティストとともにつくったものです。

プレイバスの種類はさまざま

プレイバスは小さいものから、大きなものまであり、様々です。その種類の多さを見ていただければと思います。

この写真は、古い消防車を利活用したもので、水遊びをしています。

オリンピック広場で、遊びの日が連日あり、会議やワークショップ、マーケット、お祭りも開催しました。オリンピックスタジアムのなかでオリンピックを再現したりもしました。

あらゆるところで点々と開催するだけでなく、1箇所でやると人を集め、注目を惹くこともできます。

私たちが大事にしているのは、まちを子どもと親のために魅力的にし続けることです。

ひとつことだけをやり続けると、飽きて他のまちに行ってしまうかもしれないので、ずっと変化し続けることが大切です。

もちろんプレイバスは冬も運行します。雪の色にいろんな色を撒いたりもします。

デジタル社会だからこそ、自然との関わり合いを

ここまでの話が過去の話です。ここからは、今取り組んでいる活動についても話したいと思います。

いま最も重視しているのは、子どもたちの感受性や感覚、五感で感じるということです。

子どもたちはデジタル機器などの電子的なものを使う世の中にありますが、自然と関係を持って、子どもの感覚を養うのが何よりも大事だと考えています。

というのも子どもは発達の途上にあり、その過程のなかで自然と関わり合わなければ、大人になってから色んなことを失ってしまうからです。

カーラさんをお招きした勉強会の様子

そのために取り組んでいることがふたつあります。

ひとつは、蜂の大切さを伝えるプロジェクトです。

蜂は生態系のなかで重要な役割をしている生物であり、アインシュタインも「蜂がいなくなってしまうと、その4年後に人間もいなくなってしまう」と言っています。

ミュンヘン市内のイングリッシュガーデンにはミツバチの巣箱があって、子どもたちはミツバチと触れ合うことで、その大切さを学んでいます。

ふたつ目は、羊との触れ合いです。

シェパード犬が400頭の羊を公園に連れてきて、公園の芝を羊が食べて、それを子どもたちが見ます。羊に触れて、羊毛を刈ったり、羊との触れ合いも大事です。

先ほど、今日の会の自己紹介で森の幼稚園に関わっていると言った方が多くいて、とても嬉しく感じました。子どもが自然と関わる機会になっていからです。

自然と子どもの繋がりは、今社会がデジタル化するなかでとっても大切だと感じます。

子どもが受動的にこれらの情報を消費する側にまわるのではなくて、能動的に生み出す側になってほしいという願いがあります。

移動型遊び場の組織と発展

最後に、この分野(移動型遊び場)が年々どのように発展したかをお話ししたいと思います。

私たちは80年代初頭に、IPA(International Play Association)に加盟しました。その世界会議で、他の国々の志を共にした人とロッテルダムで一同に会しました。

1981年のIPAの集まりでは、ユリー・ブロンフェン・ブレンナーの「人間発達の生態系」を文字って、「遊びの生態系」が提唱されました。

この遊びの生態系は、まち全体がプレイスペース(遊び場)を構成しているという考え方をしています。ひとつひとつの場所が分かれているのではなく、全体がひとつをなしているという考えた方です。まず、遊びが生まれるのが庭であれば、そこからいろんな場所に繋がっています。

分かりやすいように、色で分けてあります。

ピンクは子どもが住んでいる中心の場所、

緑は自然に関する遊びが生まれる場所、

青が文化的な施設(図書館、博物館、美術館など)、

黄色が形式的な遊びが生まれる場所(学校や体育館など)、

白が子どもにとって用意されたものではないけど、子どもたちの関心を惹き、子どもの遊びが生まれる可能性を秘めている場所(道など)です。

1985年、「遊びの風景のあるまち」が創設されました。

これは、まち全体を巻き込んだロビー活動で、新聞にここで遊べるよと情報を載せたり、定期的なネットワーク会議も実施しています。

例えば、これはミュンヘン市の2016年の新聞の切り抜きです。

遊べる場所や協力者の連絡先などが載っています。

ミュンヘン市の公式の遊びに関する書籍も90年代に出版されました。

これは行政や市議会のバックアップを受けて、公式に発表されたものです。

1992年から、「連邦プレイバス(移動型遊び場)協会」がつくられました。これは連邦レベルの組織であり、連邦政府も全面的に協力しています。

出版物や国際フォーラムを開催していて、年に2-3回に発行されるジャーナルでは、東北のプレイバスが取り上げられたこともあります。

子どもの権利条約、第31条の「遊ぶ権利」に基づく、「遊ぶ権利」という組織もあります。

毎年、世界遊びの日が5月、世界子ども日が9月にあり、それぞれで国際的な会議を開催しています。

多くの人との繋がりで遊びと社会は育つ

そして最後に皆さんにお見せしたいのが、私たちのチームの写真です。

ご覧の通り色んな人がいます。様々な年代や背景の人が関わっています。ボランティア、1年間のパートタイムの職員、秘書のように事務に取り組む人もいます。また、パレスチナからの難民の方もいて、本当に色んな立場の方が遊びに関わっています。

私がお伝えしたいのは、ひとりではなにもできないということです。しかし、多くの人とのコネクションがあれば「育つ」と考えています

ぜひ皆さんもコネクションをつくって、育てていってください。

ABOUT ME
土肥 潤也
すべての人が主役になれるコミュニティづくりに取り組んでいます。コミュニティラボCO-℃代表、NPO法人わかもののまち 代表理事、Homebase YAIZU コミュニティコーディネーター、日本シティズンシップ教育フォーラム運営委員など